ほぼ無料の物語体験を可能にする仕組み――「プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク」について

ご無沙汰しています。個人誌の制作が一段落し、次のブログ更新は何になるかなと思っていたのですが、わりと突然に語りたいコンテンツがやってきました。
標題のとおり、今回取り上げるのはセガによるiOSAndroid用ゲーム「プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク」(以下「プロセカ」)です。

pjsekai.sega.jp

私がこのゲームを楽しむことができ、ブログに何か文章を書こうと思えたことに自分自身でも驚いています。なぜなら、ゲームをインストールしたときには「どうせ3回くらい起動したら顧みもしなくなるだろう」と思っていたからです。それは作品の質を低く見積もっていたからではなく、私には、スマホゲームを熱心にプレイできた経験がこれまでほとんどなかったからです。

では、なぜ私がこのゲームについては集中して楽しむことができたのかを確認していきます。

 

快適なストーリー体験を作った3つの条件

まずは言い訳を。私は「プロセカ」をたしかに楽しみましたが、それは、このゲームの全体を余す所なく楽しんだという意味ではありません。私は、このゲームのメインストーリーパートの5分の1を読破したというだけであり、他の楽しみ方はできていません。

プロセカのジャンルは「リズム&アドベンチャーゲーム」となっています。「リズム」とある通り、これはいわゆる音ゲー、音楽に合わせてタイミングよくボタンを押していくゲームでもあります。そして「アドベンチャー」の部分はいわゆるノベルゲームに近く、キャラクターのグラフィックと文章、音響によって表現される物語を読み進めることで、特典を獲得したりゲーム内パラメータに変化が起きます。

私の目当ては最初から、このゲームのアドベンチャー部分にありました。つまり私は「プロセカ」を一種のノベルゲームとして楽しみました。それが可能だったのは、次の3つの要因にあります。

 

1. メインストーリーに音ゲーパートが付随しない

プロセカの場合、メインストーリーを読むにあたって音ゲーが義務的に課されることは(チュートリアルを除き)一度もありません。この分離が徹底していたから私でもストーリーに集中でき、最後まで楽しめたのだと思います。

私は音ゲーをあまり修練してこなかったこともあり下手なので、音ゲーパートである「ライブ」はあまり楽しいとは思えていません。実行したのも未だ2桁に達するかどうかというところです。

もし、ストーリー内でライブが発生するタイミングが多く挟まれていたら、それで私は徐々に倦んでしまって、最後までストーリーを読めなかったかもしれません。
私がいつもスマホゲームのストーリーを追うのを断念してしまうのは、ストーリー進行にともなって敵を倒すなどの「戦闘パート」が挿入されるからです。その戦闘パートが本当に面白ければいいのですが、単なる作業と化してしまい投げ出すことがほとんどです。

 

2. 快適な進行のためにガチャを回す必要がない=無料で何も問題ない

プロセカの「ガチャ」*1は、キャラクターの新衣装や「サイドストーリー」*2を獲得するために存在するようです。つまりガチャは、メインストーリーだけ楽しむ分には無視してもなんの問題もありません。

1. に関係しますが、戦闘パート等がストーリー進行に付随する場合は、戦闘に勝っていくためにガチャを回して、キャラクターを獲得・育成し自陣を強化しなければなりません。すると、ストーリーを進めていく間にも、無料のガチャで強いキャラクターを出せるのか、あるいは課金して入手するかという点に注意が割かれていきます。ガチャに苦労しているうちに、中断していたメインストーリーの流れを忘れ、どうでもよくなります。私はそのようにして、いくつかのスマホゲームを放棄してきました。

 

3. 主要キャラクターの数が限られている・各ユニット4名と分けられている

プロセカの主要キャラクターは、初期から4×5の20名で固定されているようです。イベントストーリーで「バーチャルシンガー」(初音ミクなどのボーカロイドをキャラクターとしたもの)が新しく加わったりサブキャラクターが出てくることはあるものの、主要の人数に変化はありません。これによって、メインストーリーだけでも各キャラクターをかなり深く描写することが可能になっています*3

私がやったことのあるスマホゲームでは、ガチャを充実させるためか定期的に新キャラクターが次々投入されていました。イベント限定キャラというのもいるでしょうが、メインストーリーにもたくさんのキャラクターが関わることになります。すると、どうしても話の中で一人に割ける描写は少なくなります。これは、いつも私がスマホゲームについて不満に思っている点でした。興味のあるキャラクターが出てきても、すぐにメインストーリーから退場してしまう、あるいは、興味を持つほどの掘り下げがなされないまま終わることが多かったのです。

また、プロセカのメインストーリーは4名ごとのユニット単位で分かれて進むことも、私にとっては楽な点でした。もしストーリーがユニットごとに分かれておらず、20名のうち数名が入れ替わり立ち替わり現れるような形式だったらすぐに把握しきれなくなっていたでしょう。私はそもそも主要人物がたくさん出てくる話が苦手で、その場にいないキャラについて言及されて「誰だっけその人」という状況がよく起こります。これは私のぶつ切りにさせられた可処分時間に原因があるのかもしれませんが……

 

 

私はごく僅かなスマホゲームしかやったことはありませんが、これら3つの条件すべてを満たすようなサービスは今のところプロセカ以外に知りません。だから、これほどにストーリーを快適に、断念することなく進めていけるゲームがあることに驚きました。オプションの中に「ストーリーを連続で読む」という設定項目があることからも、できるだけストーリーを中断せず読んでほしい意図を感じます。

というより、ストーリーをある程度読んだあとにプロセカの公式サイトを見たら、メインストーリーを繋げてプレイ動画化したものが公開されていました*4

www.youtube.com

ストーリーだけを追っていける実況動画というのはゲームの種類問わずよく見かけますが、公式で堂々と動画を出しているのは初めて見ました*5

))。さらに調べてみると、やはり一挙にストーリーを読んだプレイヤーや、そう推奨するプレイヤーもいるようでした。

 

ほぼ無料であることの意義

私が実際そうしたように、プロセカのメインストーリーが無料で快適に楽しめるよう開放されているのは、とても素晴らしいことなのではないかと思います。

プロセカは、10代を含む若い世代に特に人気があると言われています*6。これは私にも納得できることです。自由に使えるお金がかなり限られていて、クレジットカードを持つことも難しいだろう中高生には、物語が無料で長く楽しめることは何よりも重要だと思うからです。

たとえば私の場合は、まだほとんど小遣いも貰えなかった中学生のころ、図書館の分厚いファンタジー小説やネット上で公開されているアマチュア小説を貪るようにして読んだり、家族のパソコンを使ってフリーゲームで遊んだりしていました。後に当時最新ハードのノベルゲームをいくつか買いもしましたが、物語に無料でたくさん触れることがなければ、買おうとも思わなかったでしょう。

プロセカのように、お金がなくても楽しめる物語を快適に長く提供しているということが、どれだけ中高生にとってありがたいことか。もちろん、スマートフォン保有していることがプレイの条件ですが、総務省の調査では6~12歳の約45%、13~19歳の約87%がスマートフォン保有している*7ことを鑑みると、かなり多くの若者にリーチする可能性があると言えそうです。ストーリーの内容も合わせて言えることですが、プロセカは確実に、現在進行形で中高生の命を救っているコンテンツです。

ただ私は同時に、このような無料のストーリーの継続的な提供がどうやって行われているのか、ビジネスとしてどう成り立っているのかという点に疑問が湧いてきます。図書館の維持に公費がかかっているように、ネット小説やフリーゲームが置かれるサーバーに維持費が発生しているように、物語が無料で楽しめていてもそこには財のやりとりが必ずあるはずです。プロセカの運営は民間企業が行っているのだから、ゲームプレイの内外で収益を上げる仕組みが必ずあるはずです。もし私が中高生ならそんなことには一切の関心を持たなかったでしょうが、賃労働に明け暮れるようになった今の私はその収益化の仕組みにどうしても意識が向きます。

 

キャラクター関連の消費行動が無料の体験を支える

おそらく、プロセカも他のスマホゲームと同じく、ストーリーを読み進める中で登場キャラクターを好きになってもらい、その好きになったキャラクターに関連して色々と消費行動を取ってもらうことで、収益を上げているのでしょう。実際サイドストーリーを全部読もうとしたり、衣装をコンプリートしようと思えば、おそらく無料分のガチャだけでは足りず有償ガチャに踏み出すことになるでしょう。私は有償のガチャを回したことがないため、狙ったものを出せる確率については実感していませんが……

また想像になりますが、キャラに関する消費行動はいろいろなグッズ展開とも歩調を合わせることになるのでしょう。キャラクターに関する様々な有形のグッズを売り出すことで、ライセンス料など間接的な収益が企業に入っていくのでしょう。

すると次のような仕組みが描けそうです。財布に余裕があるプレイヤーがキャラに関する消費行動をとり*8、その分のお金でストーリーが制作され、より多くの、金のない中高生に無料で提供される。そんな仕組みがうまく回っているのではないでしょうか。これがある種の再分配制度のひとつだというのは、美化しすぎでしょうか。

 

コンテンツに貢献し、キャラクターを愛する仕方

この仕組みを仮定したとき、私がプロセカとプロセカのプレイヤーに対して貢献したいと思うなら、物語のキャラクターを愛するなら、私はもっとキャラクターに関する消費行動を行うべきであるようにも思えます。今の私は「金のない中高生」では少なくともなくなったのだから、無料分のストーリーだけやって満足している場合ではない。推しに投資しなければならない、それが運営を継続させ推す側や推される側の未来を支えるのだから、というわけです。

ただ、私がいつも思うことがあります。コンテンツやその消費者に貢献する、あるいはキャラクターを好きでいる仕方とは、サイドストーリーを全部読もうとしたり、キャラの衣装をコンプリートしようとしたり、有形のグッズを集めたりするという仕方だけなのでしょうか。

 

ストーリーの中で心動かされた台詞や独白を、メモ帳の端にひたすら書き写すことは?

息詰まるような日常の中で「もしあのキャラクターがここにいたらどう考えるだろう」と妄想することは?

 

金のない中高生や、金を落とさないケチなプレイヤーが血眼になってそんなことをしようとも、コンテンツに貢献し、キャラクターを愛していることにはならないのでしょうか。そのようなほとんど財を動かさない瞑想が、いつしかコンテンツ消費者たちの連帯感に寄与したり、公式(作者や制作会社)によらずコンテンツの再注目を促したりすることが、現に起きていないでしょうか? 

ただ、私は運営にお金が入るような様々な貢献の仕方を消滅させたいと願うわけではありません。もしそうなれば、プロセカのようにほぼ無料でストーリーを提供する企画がそもそも立たなくなるだろうからです。現にこのブログに広告が出ているように、収益化の仕組みすべてに反対することなど目指すつもりはありません。ただ、クレジットカードを切ることだけが推しを推すことなのだという限定には反対したいと思うだけです。

もしあなたにお金の余裕があり、そうしたいなら、運営を支えられるようにお金を使ってください。それはたぶん大事なことで、多くの人を助けます。ただ私は主に、今回のように瞑想の意義を擁護する文章を書いたり、自分でも瞑想したりします。それもまた別のルートで他人や自分を助けると信じるからです。

 

 

そういうわけで、次回はプロセカのストーリーの一部、とくに「25時、ナイトコードで。」というユニットのメインストーリーについて記事を書こうと思っています。

今回は、私のプレイ体験を可能にした条件の話*9ばかりで、ストーリーの魅力は伝えられなかったと思います。ただ、前述の動画やプロセカ本体の中で、いくつものストーリーが金のある人にもない人にも読まれる準備を完了していることだけ心に留めてもらえれば、私としては十分すぎるほどです。

 

*1:読者の中に知らない方がいるかはわかりませんが、ガチャとはくじを引いて追加コンテンツを獲得するシステムのことです。対価なしに、あるいはゲーム内通貨を消費して引くことができる無料ガチャと、現行の通貨で定額を払って挑戦する有償ガチャに大きく分かれます。たいてい有償ガチャのほうが、強力で特別なコンテンツを獲得する確率が高く設定されます。

*2:プロセカでは、キャラクターの日常の姿を描写したりメインストーリーの裏側を描く外伝的なエピソードのことを指します。

*3:サイドストーリーやエリア会話(ホーム画面でランダムに現れる会話)によって各々のキャラクターを掘り下げることも可能です。

*4:ただし、最新バージョンのアプリでは一枚絵や演出に若干の変更があるようなので注意してください。

*5:

(2024年3月5日追記)この点については、プロデューサーの近藤氏が「『プロセカ』のストーリーを「ゲームで読むこと」と「YouTubeで読むこと」には、あまり違いがないと思った」ことが始まりだと語っています。次の記事を参照(記事には一部イベントストーリーのネタバレを含みます)。

news.denfaminicogamer.jp

*6:

『プロジェクトセカイ』は10代、20代から高い支持を集める アクティブユーザー数も安定 ゲームエイジ総研調査 | gamebiz

プロセカとあんスタが音楽/リズムゲームジャンルで接戦、60%が女性ユーザーで2023年に収益8,000万ドル以上を記録

*7:「令和4年報告書」

統計調査データ:通信利用動向調査:報告書及び統計表一覧(世帯編)

の図表9ー2。

*8:しかし、調べてみたところかなり安価で学生でも手が届くような、「カード入りウエハース」が展開されているのを見つけました。有形のグッズを手にしようと思っているのは、ものすごく余裕のある人だけではないかもしれません。

www.bandai.co.jp

*9:そういうふうに、経験を可能にする条件についての話のことを、カントという哲学者が出てきてからは「超越論的」(transzendental)と呼ぶようになりました。もしこういった話に興味がある人は調べてみてください。